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福岡高等裁判所宮崎支部 昭和45年(行コ)1号 判決

控訴人 椎原武法

被控訴人 国

代理人 中野昌治 伊香賀静雄 甲斐津代志 黒木憲三 ほか三名

主文

控訴人の当審における訴えの変更後の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

控訴人は、当審において訴えを変更し「被控訴人は控訴人に対し金一三九万二、〇〇〇円を支払え。訴訟費用は被控訴人の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、被控訴人は「被訴人の請求を棄却する。訴訟費用は控訴人の負担とする。」との判決及び担保を条件とする仮執行免脱の宣言を求めた。

第二当事者双方の主張 <略>

第三証拠関係 <略>

理由

一  控訴人が鹿児島刑務所に受刑者として服役中、鹿児島刑務所長は、控訴人を昭和四四年一月三一日から厳正独居拘禁に付し、右処遇を同四五年六月二日まで継続したこと(ただし、紀律違反の嫌疑で取調べのため独居拘禁に付せられた昭和四五年二月一〇日から同月一六日まで及び懲罰としての軽屏禁を執行された同月一七日から同年三月九日までの期間を除く。)は当事者間に争いがない。

二  控訴人は、鹿児島刑務所長がなんらの理由もなく控訴人を厳正独居拘禁に付したことは違法である旨主張する。<証拠略>に弁論の全趣旨を総合すると次のような事実が認められる。

1  控訴人は、昭和四三年七月三日鹿児島刑務所第一雑居舎第一四房内において隠匿所持していたナイフ一丁(刄渡約二・五センチメートル)を刑務所職員に発見され、右事由により同月一六日軽屏禁一〇日及び文書図画閲読禁止の懲罰に処せられたこと、また、情願をするため受刑者久野光次に対し法務省の所在地を教えてくれるよう執拗に依頼していたところ、同年八月九日同刑務所運動場付近において、右久野から情願書提出の宛先のほか「封筒の〆の所は縦線を自分で何本引くと言う風に決める。開封して証拠を堙滅する可能性充分にある。<法務大臣上願文書の終結に開封の恐れ充分ありますので、上願文書を御面倒ながら私に今一度見せて下さる様切望致します>を必ず書添へする。」などと記載したちり紙一枚を受け取つたところを看守に発見押収され、密書授受の事由により同月一四日軽屏禁七日及び文書図画閲読禁止の懲罰に処せられたこと、さらに、控訴人は、昭和四四年一月一八日約三五名の受刑者が働く同刑務所第六工場(木工場)で就業中、許可を得ることなく木切れ四枚を利用して洗濯札類似の物品を作つていたところ、同工場担当の岡崎看守がこれを見とがめて確認のため近付くや右物品を机の抽斗に収納したので、岡崎看守は、計算工(行刑累進処遇令による処遇の階級が二級以上の受刑者で作業の指導又は補助をする者)増野茂に控訴人の様子を見てくるように申し向け、折から同看守が材料搬入に立会うため席を外した間に、右増野は受刑者同志のよしみから控訴人に対し右物品の作成を止めるよう勧めたのに、控訴人は自己の非を省みず増野と口論となつたが、立ち戻つた岡崎看守がこれを制止し引続き担当台付近で増野から事情を聴取していたところ、控訴人は担当台に至り岡崎看守に対し大声で「担当が受刑者を使つて受刑者の行動をみてこいと言つている。」などと叫んで同看守の措置に対し憤然と抗議し、右行為は不正物品の作成と職員に対する暴言に該当するものとして同月三一日訓戒処分に処せられたこと、

2  前記ナイフ隠匿事件では、同房者の厚ヶ瀬義美が職員に密告したとのうわさが広まり、そのため厚ヶ瀬から非常な恨みを買うところとなつたこと、また、密書授受の件では、相手方の久野も紀律違反で取調べを受けたが、控訴人は久野に依頼したことはなく同人が勝手に書いたものであると弁解したため、久野の恨みを買つたこと、さらに、第六工場における不正物品の作成と職員に対する暴言の問題では、増野の忠告を無視したため、同人にきわめて不快な思いをさせたこと、

3  控訴人は、ナイフ隠匿所持の嫌疑による刑務所当局の取調べに対しこれを否認し、密書授受の件でも至極当然の行為であるとの態度を示し、不正物品の作成と職員に対する暴言の件では多数の受刑者の面前で職員に詰め寄り大声で反論抗議し、そのほか、刑務所職員に対し面接や願いごとを繰り返し、しかもその内容は自分以外の者の言に耳をかたむけないか又はいやがらせとしか考えられないようなわかりきつた事柄であつて、行刑当局に対する反抗的好争的態度が顕著であつたこと、

以上の事実が認められ、<証拠略>中右認定に反する部分は前掲各証拠に照らし措信することができず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

控訴人は、仮に自己の作成した物品が洗濯札であるとしても、鹿児島刑務所では当時洗濯札は全く支給されず、各自がこれを作成することは慣行化しており、控訴人もこれに従つたに過ぎない旨主張し、<証拠略>によれば、鹿児島刑務所では受刑者が洗濯物を工場へ出す場合には、これが確実に手許に戻るようにするため、洗濯札(長方形の木片に舎房番号を記入したもの)を付けていたのであるが、洗濯札が不足するときには刑務所側から支給されることになつていたこと、同刑務所木工場では受刑者が指定された製品以外の物品を作る場合には担当看守の許可を受けるよう指導されていたにもかかわらず、指定以外の洗濯札等の物品が作られることもあつたが、これらは担当看守の目を盗んでなされたものであることが認められ、右認定の事実に照らして考えると控訴人の右主張に沿う<証拠略>はたやすく信用できず、他に洗濯札の作成が慣行化していた事実を認めるに足る証拠はない。また、控訴人は、看守が受刑者を使つて他の受刑者を監督させることは違法であり、受刑者といえども刑務所職員による違法な権利行使を甘受せねばならぬものではなく、控訴人はこれに対し反問したに過ぎないと主張するけれども、前記認定のように岡崎看守が計算工増野茂に命じた内容は作業の指導監督の補助に属する事柄であつて、戒護の補助すなわち他の受刑者の監督者として紀律の維持に参加させたものではない。そして、仮に岡崎看守の措置に非違があれば、所長に対する面接の申立て(規則九条)、法務大臣又は巡閲官吏に対する情願(監獄法七条)、あるいは訴訟の提起などの方法によつて争うべきであつて、多数の受刑者の面前で担当看守に対し平穏を欠くような方法で抗議(控訴人のその場における言動が反問といつた程度のものでなかつたことは前記認定のとおりである。)するということは、刑務所内の秩序維持・受刑者の教化等の見地から、とうてい許さるべきものではない。さらに、控訴人は、紀律違反の規準となるべき遵守事項を全く示されていなかつた旨主張する。在監者遵守事項は、刑務所内の紀律を構成するものとして、その性質上在監者に明確に示されていることを要し、その告知(規則一九条一項)のほか冊子として監房内に備え置く(規則二二条二項)ものとされている。<証拠略>によれば、鹿児島刑務所における在監者遵守事項は、昭和三〇年達示第二三号として同年一二月一日に定められ、「収容者遵守事項」として冊子にされており、入監者に対してこれを告知し右冊子が監房内に備え置かれていたことが認められ、<証拠略>中、収容者遵守事項の告知がなく右冊子が監房内に備え置かれたのは昭和四四年五月二八日以降である旨の供述部分は、前掲各証拠に照らして措信することができず、他に前記認定を左右するに足る証拠はない。のみならず、<証拠略>によれば、控訴人は強盗致傷、公務執行妨害罪により懲役五年に処せられ昭和四二年八月一四日鹿児島刑務所に入監する以前において、昭和二九年以降四回に亘り懲役一年、同二年、同二年六月、同一年六月の各刑の執行を受けるため同刑務所に在監していたのであるから、刑務所内の紀律については十分承知していたものであり、かつ、ナイフの隠匿所持、密書の授受、不正物品の作成及び職員に対する暴言等により控訴人の犯した紀律は、いずれも特にこれを知られなければ当然に許されるべきものという特殊な規範ではなく収容者遵守事項の定めをまつまでもなく刑務所内において守られるべき基本的な紀律であることが認められる(なお、鹿児島刑務所における前記収容者遵守事項中、第二一般心得の「一、職員に対しては、つとめて、礼儀を守り、不穏当の言動をしてはならない。」、「四、許可を受けないで、物の遣り取り、貸借を為し、又は製作、包蔵をしてはならない。」、「九、書信の不法発受又は密書の授受をしてはならない。」、第二居房内の心得「九、居房内使用を許されておる、物品以外のものを持込んではならない。」、第三工場での心得「三、許可なく、物品の製作・修理をしてはならない。」がその定めに該当する。)。そして、前記規則一九条一項によると所長は在監者の遵守すべき事項等を入監者に告知すべき定めになつており、控訴人も入監の際に右の告知を受けたものと認められ、したがつて、なんらかの事情により控訴人の入監時に右の告知にあたり前記具体的条件を逐一知らされることがなく、あるいは控訴人の居房に前記のように備え置かれた冊子が偶々みあたらなかつたとしても、控訴人のなした前記紀律違反の行為は、その許さるべきものではないことを控訴人において当然知つていたものというべきであるから、控訴人の前記紀律違反及びこれに対する鹿児島刑務所長の処分になんらの影響を及ぼすものではないといわねばならない。

ところで、監獄法一五条によれば「在監者ハ心身ノ状況ニ因リ不適当ト認ムルモノヲ除ク外之ヲ独居拘禁ニ付スルコトヲ得」と定め、規則二三条は「独居拘禁ニ付セラレタル者ハ他ノ在監者ト交通ヲ遮断シ召喚、運動、入浴、接見、教誨、診療又ハ已ムコトヲ得サル場合ヲ除ク外常ニ一房ノ内ニ独居セシム可シ」と規定し、刑務所内における在監者の拘禁方法につき独居拘禁を原則とし、しかも右独居拘禁は厳正独居拘禁を予定している。しかし、その後、他方受刑者を昼夜独居させ作業も居房内で行なわせるが、戸外運動、教誨、教育その他の機会には他の受刑者と例外的に雑居(席次は定められ、必要により交談も禁止される。)を認める緩和独居拘禁も採用されている(規則三一条ないし三七条参照)。規則四七条は「在監者ニシテ戒護ノ為メ隔離ノ必要アルモノハ之ヲ独居拘禁ニ付ス可シ」と規定し、右に「戒護ノ為メ隔離ノ必要アルモノ」とは、いわゆる刑務事故すなわち逃亡、職員殺傷、在監者間の殺傷、自殺、火災、暴動はもちろん、刑務所内の安全及び秩序を維持するため、これに反する行為を予想して予防し、その虞れある場合にこれを制止し、既に侵害が生じた場合にこれを鎮圧するための強制力の行使として、かような受刑者を他囚と隔離する必要あることをいうものと解されるところ、受刑者を右のように戒護の必要上独居拘禁に付するかどうか、また独居拘禁に付するとして厳正又は緩和独居拘禁のいずれを選択するかの判断は、前記法令の趣旨からして事態に応じて合理的に必要と判断される範囲において刑務所長の裁量に委ねられているものと解すべく、刑務所長は、当該受刑者の刑期、犯歴、行状、性格、他囚との関係等の諸事情を考慮し、刑務所内における紀律の維持及び受刑者の処遇についての科学的かつ専門技術的知識と経験によつてこれを決定すべきであつて、その判断が合理的基礎を欠くなど妥当性を著しくそこなう事実の在しない限り違法となるものではないといわねばならない。前記認定の事実によれば、鹿児島刑務所長は、控訴人が短期間に紀律違反を累行し、他囚との折り合いが悪く、刑務所職員に対する好争的態度が著しく、かつ処遇に対する不平不満が多いところから、控訴人を他囚と接触させておけば、他の受刑者の教化上悪影響を及ぼし、他方、控訴人に恨みや不快の念をもつ他の受刑者から危害を加えられる危険があつて控訴人の身体の安全の保護にも困難な事態の発生する慮れすらあり、さらに、刑務所職員に対する好争的態度を他囚が模倣するに至れば、刑務所内には不平不満の空気が醸成され管理運営上障害を生ずるばかりでなく、刑務所における紀律及び秩序の維持に重大な支障をきたす虞れがあるものと考え、控訴人と他の受刑者との交通を遮断する戒護上の必要があると判断して控訴人を厳正独居拘禁に付したのであるから、右判断には合理的基礎を欠くところはなく、その他右判断に著しく不当とすべき点はみあたらない。したがつて、鹿児島刑務所長が控訴人を厳正独居拘禁に付したことが裁量権行使の範囲を免脱し又は濫用にあたるものとはいえないから、控訴人の前記主張は採用することができない。

三  控訴人は、鹿児島刑務所長が控訴人に対する厳正独居拘禁を更新する要件を欠くにもかかわらず、長期間に亘つてこれを継続したことは違法であると主張する。<証拠略>及び弁論の全趣旨を総合すると、次のような事実が認められ、これを覆すに足る証拠はない。

鹿児島刑務所長は、昭和四四年一月三一日控訴人を厳正独居拘禁に付したのち、昭和四四年七月一七日(第一回目)、同年一〇月一六日(第二回目)、同四五年一月一四日(第三回目)、同年四月一六日(第四回目)にそれぞれ所定の更新手続をとつたこと、右更新に際しては、控訴人を厳正独居拘禁に付した前記事由のほかに第一回目の更新では、当時控訴人は鹿児島刑務所長を被告として四件の行政訴訟を提起し、そのため認書に七十余日をつかつていたこと、受刑者が行刑当局を被告として訴訟を遂行する場合には、同囚者の中にはいらぬことをすると訴訟を妨害する者もあつて他囚と交わらせることは危険が予想されるうえ、控訴人の性格から訴訟の提起を他の受刑者に吹聴する慮れもあり、そのほか主食が堅くて食べられないなどと処遇に対する不平不満が多かつたこと、第二回目の更新では、第一回目の更新後認書に七十数日をついやし、昭和四四年八月九日石丸保安課長が控訴人に面接した際、工場に出ることを勧めてもなんら答えるところがなく、控訴人は、訴訟準備のため独居拘禁をむしろ希望しているものと考えられたこと、第三回目の更新では、房内における作業途中に読み書きをして注意を受け、居房の裏窓から隣房の他囚と話しをしたり、担当区長が房外に出るよう命令したにもかかわらずこれに従わず、食事が堅いと再三不平を述べるなど房内の行状が不良であつたこと、第四回目の更新では、認書に四四日間をついやしたほか、昭和四五年二月六日及び同月九日の夜、第二独居舎第三五房内でラジオが聞えぬと大声を出して夜間における所内の秩序を乱したため、同月一七日軽屏禁二〇日及び文書図画閲読禁止の懲罰に処せられたこと、同年四月七日石丸保安課長から工場へ出て働く気はないかと勧められたところ、黒白をつけたいから独居拘禁の解除を望まない旨の意思を表示していたこと、なお、第四回目の更新に至るまで、前記厚ヶ瀬義美や増野茂らが引き続き在監していたこと、そのほか、控訴人は、面接(処遇上の願いごとや要望事項の申出、一身上の相談、苦情の申立てなど処遇全般に亘る問題について職員と面談する制度)件数や願箋(物品購入願、信書特別発行願、図書特別貸与願、飲食物洗濯願等生活を行なううえにおいて事務上の処理を求めたり願いごと等を申し立てる場合に記載して提出する用箋)提出件数が他の収容者に比して著しく多く、控訴人の昭和四四年中の面接件数は一三回(他の収容者の年間一人当りの平均は〇・六一回)、同四五年中の願箋提出件数(面接願箋及び図書購入願箋を除く。)は一一七回(他の収容者の年間一人当りの平均は一四・一回)に及んだこと、右のような事情が各更新にあたつて考慮されたこと、以上の事実が認められる。

ところで、独居拘禁が受刑者の心身に及ぼす影響を考慮し、規則二七条一項は、独居拘禁の期間は六か月を超えることができず、特に継続の必要ある場合にはその後三か月ごとにその期間の更新を妨げない旨定めているが、これが更新はその目的の達成に必要である以上に長期間に亘つてはならないことはいうまでもない。前記認定の事実によれば、鹿児島刑務所長は、三か月ごとに所定の更新手続をとり、かつ、右更新に際して考慮された前記諸事情に基づき、依然として控訴人と他囚との交通を遮断する戒護上の必要が存続するとの判断のもとに控訴人に対する厳正独居拘禁を更新したものであつて、右更新は規則二七条一項、四七条の戒護のために必要な限度を越えるものではなく、その判断が合理性を欠き著しく不当であるとは解せられない。したがつて、控訴人の前記主張は採用することができない。

四  控訴人は、前記厳正独居拘禁に付せられていた間、あらゆる処遇において他の収容者と異なる差別的取扱いを受けた結果、精神的肉体的苦痛を被つた旨主張するので順次これを検討するに、

1  教誨への出席

鹿児島刑務所長が厳正独居拘禁中の控訴人を総集教誨(収容者全員を対象とする講演又は訓話)に出席させなかつたことは当事者間に争いがない。<証拠略>を総合すると、鹿児島刑務所では、教誨は約四〇〇名の収容者を一堂に集め、十数名の職員で戒護するものであるから、最も困難な警備業務とされており、好争性の強い者や煽動的な者を同時に参加させることは如何なる事態を招くやも図り知れないところから、厳正独居拘禁に付せられている者はこれに参加することを許していなかつたことが認められる。ところで、厳正独居拘禁中の者については他の在監者との交通を遮断すべきことは規則二三条の定めるところであり、右のように多数の受刑者が一堂に会する場所に厳正独居拘禁中の者を出席させれば、他の受刑者との交通を遮断することが事実上困難ないし不可能となることは明らかであるから、鹿児島刑務所長が厳正独居拘禁中の控訴人を右教誨に出席させなかつたとしても、これをもつて不合理な差別的取扱いということはできない。また、控訴人が個人教誨を受けることを申し出た事実は、本件全証拠によるもこれを認めることができない。

2  通信教育の受講

控訴人は、珠算及び簿記の通信教育の受講を申し出たが許されなかつた旨主張する。<証拠略>によれば、控訴人が受講を申し出た通信教育のうち、昭和四五年五月一日申し出た珠算についてはその後控訴人において辞退したこと、鹿児島刑務所では簿記及び珠算の通信教育は、五、六人ないし一〇人程度の受講者を教誨堂に集めて講義をしたうえで各個人に学習をさせていたことが認められる。しかして、厳正独居拘禁中の者については、他囚との交通遮断の関係上、右のような集団講義ないし学習に出席することができず、いきおい有効な学習効果を期待しえないゆえにこれを不許可としても、これをもつて直ちに不合理な差別的取扱いということはできない。

3  進級の停滞

控訴人は、厳正独居拘禁に付されたという理由で行刑累進処遇令による進級を停止された旨主張するけれども、控訴人が厳正独居拘禁の処遇を受けたことのゆえに、右処遇令による進級が停滞したことは、本件全証拠によるもこれを認めることができない。

4  特別観察者動静観察簿の公開

控訴人は、精神異常者並みに控訴人につき特別観察者動静観察簿が備えられ、これが公開されていた旨主張するが、刑務所長が戒護のため隔離の必要あるものとして厳正独居拘禁に付している者につき、特別観察者動静観察簿を備えて対象者の動静を逐一記録しておくことは、右処遇の存在目的及びその継続解除等の資料として必要不可欠な事柄であつて不合理な差別的取扱いとは解せられず、また、控訴人に関する右観察簿を公開していた事実は、本件全証拠によるもこれを認めることができない。

5  各種催しへの出席

控訴人が厳正独居拘禁に付せられていた期間中、刑務所内で開催される映画、テレビ、演芸の観賞、ソフトボールやバレーボールへの参加、他囚との交談などが許されなかつたことは当事者間に争いがない。しかし、厳正独居拘禁中の者は他の在監者との交通を遮断されるべきものであるから、控訴人が前記のとおり適法に厳正独居拘禁に付せられている以上、他の在監者との交通が必然的にその前提となり又はこれが避けられない右各種催しへの参加、出席が許されなかつたとしても、これをもつて不合理な差別的取扱いとはいえない。

以上のように、控訴人が差別的取扱いと主張する事項は、いずれも戒護のための厳正独居拘禁の目的達成に必要な範囲内の制約であつて不合理な差別的取扱いということはできず、また、鹿児島刑務所長が厳正独居拘禁に付せられた受刑者の中で控訴人をことさら差別して不利益な処遇をした事実は本件全証拠によるもこれを認めることができない。したがつて、不合理な差別的取扱いを受けたことを理由とする控訴人の前記主張はとうてい採用することができない。

五  控訴人は、厳正独居拘禁が懲罰たる軽屏禁以上に精神的苦痛を伴うものであつて刑罰目的の達成に必要な限度を超えて苦痛を与えるものであり、かつ戒護のための独居拘禁を定めた規則四七条は抽象的で不明確な規定であるから日本国憲法一一条、一三条、三一条、九八条一項に違反して無効であると主張する。監獄法は、もともと在監者の拘禁方法につき独居拘禁を原則としていたが(監獄法一五条、規則二三条)、行刑累進処遇令(昭和八年司法省令第三五号)の施行により独居拘禁の原則を修正し、実際上はむしろ雑居拘禁を原則とするに至つたものと解されているが、行刑累進処遇令も「第四級及第三級ノ受刑者ハ雑居拘禁ニ付ス但シ処遇上必要アルトキハ此ノ限ニ在ラズ」(同令二九条)と定め、当該受刑者本人又は他の受刑者のために雑居させることが望ましくないような事情のある例外的な場合には独居拘禁に付することを予定している。しかして、規則四七条は戒護のため隔離の必要ある在監者につき厳正独居拘禁に付することを認めたものであり、厳正独居拘禁自体には在監者の精神の安定と統一を容易にし、自己反省・内省の機会を与え、職員も在監者の精神面に深く触れることができ、改善の契機を掴み易いなど相当の意義が認められるけれども、本来社会的な人間に不自然な生活を強いるものであつて、生理的・心理的に弊害を伴うことが指摘されているため、厳正独居拘禁の期間は六か月を超えることができず、特に継続の必要がある場合においては三か月毎にその期間を更新する(規則二七条一項)ものとして、その目的達成に必要である以上に長期間に亘ることがないように配慮し、また、厳正独居拘禁は他の在監者との交通を遮断するだけで、全く孤独にする趣旨ではないから、幹部職員との接触いわゆる監房訪問(規則二八条)は厳正独居拘禁に不可欠のものとされている。そのほか、戸外運動時間も他の在監者は毎日三〇分以内であるのに対し、厳正独居拘禁中の者には一時間以内に伸長することができ(規則一〇六条)、健康診断においても他の在監者は六か月毎に一回であるのに対し、厳正独居拘禁中の者は三〇日ないし三か月毎にこれを行なう(規則一〇七条)など厳正独居拘禁に伴う生理的・心理的悪影響を防止する各種の配慮がなされている。さらに、鹿児島刑務所における現実の処遇面において懲罰たる軽屏禁と対比するに、<証拠略>によれば、厳正独居拘禁にあつては、房内作業、外部の者との接見、信書の受信・発信、入浴、文書図画の閲読が許されるが、受罰中の者にはこれらのことは原則として許されないし、厳正独居拘禁にあつては、自弁物品の購入、運動、ラジオの聴取は許されるが、受罰中の者には許されないなどの差異があり、現実の処遇においても軽屏禁は厳正独居拘禁よりもはるかに厳しいものであることが認められる。したがつて、厳正独居拘禁が軽屏禁よりも精神的苦痛が大であると速断できないばかりでなく、厳正独居拘禁が刑罰目的の達成に必要な限度を越えて苦痛を与えるものとはいえないし、規則四七条の内容が抽象的で不明確であるともいえないから、戒護のための独居拘禁を定めた規則四七条が日本国憲法の前記各法条に反するものと解することはできず、この点に関する控訴人の主張は採用しえない。

控訴人は、鹿児島刑務所長が控訴人を懲罰に処したと同一の事由で厳正独居拘禁に付することは二重処罰の禁止ないし一事不再理の理念に反し違法であると主張するけれども、厳正独居拘禁は在監者に対する拘禁方法の一態様にすぎず、懲罰の執行としてなされるものではないから、控訴人を戒護のため隔離の必要ありとして厳正独居拘禁に付するに至つた事由の中に、さきに控訴人に対する懲罰事由とされた事実が含まれていても二重処罰の禁止ないし一事不再理の理念に反するものではない。

控訴人は、控訴人が厳正独居拘禁に付された後に施行された処遇規程は遡及して適用されるべきではなく、また、控訴人の行為は処遇規程のいずれにも該当しないから、控訴人に対する厳正独居拘禁は違法であると主張する。<証拠略>によれば、鹿児島刑務所では、従来、独居拘禁受刑者の処遇についての規程がなかつたため、独居拘禁は原則として厳正独居拘禁の処遇をしてきたが、処遇の適正を図ることを目的として、厳正独居拘禁と緩和独居拘禁の処遇区別を設け、その具体的な取扱い基準を定めたのが処遇規程であつて昭和四四年九月一日から施行されたが、右処遇規程の施行時に独居拘禁中の者は厳正独居拘禁とみなされる(処遇規程付則2)だけで、処遇規程が遡及的に適用されるものではないことが認められる。また、前記認定のとおり控訴人は規則四七条に基づき独居拘禁に付せられ厳正独居拘禁の処遇を受けていたものであつて、処遇規程によつてはじめて厳正独居拘禁に付せられたものではないから、控訴人の前記主張は採用することができない。

控訴人は、鹿児島刑務所長が控訴人を厳正独居拘禁に付したのは、控訴人が法務大臣に情願し、刑務所長や被控訴人を相手方とする訴訟を取り下げなかつたことに対する報復としてなされたものであると主張するけれども、控訴人を厳正独居拘禁に付しないしこれを更新したことが控訴人の主張するような報復の手段としてなされたことを認めるに足る証拠はない。かえつて、<証拠略>によれば、鹿児島刑務所では図書の貸与、閲読許可冊数につき、収容者閲読図書取扱規程により四級の者が所持しうる書物は辞典等三冊のほか、官本及び私本各一冊と定められていたのに、控訴人が鹿児島刑務所長を被告とする行政訴訟を提起し、右訴訟追行のため法律関係図書を閲読する必要を認め、特別の理由あるときにあたるものとして、昭和四五年五月まで控訴人に三四冊もの私本の同時所持を許し、訴訟活動の便を図つていたことが認められる。右事実からしても、鹿児島刑務所長が控訴人を厳正独居拘禁に付することによつて同人の訴訟活動を禁圧し、或いは控訴人に報復しようとしたものでないことは明らかであり、控訴人の右主張は採用することができない。

六  そうすると、控訴人の当審における訴え変更後の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用は第一、二審とも敗訴の当事者である控訴人に負担させることとして、主文のように判決する。

(裁判官 館忠彦 松信尚章 西川賢二)

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